~行政改革のこれまで~
日本を含めた先進諸国において行(財)政改革が重要な課題として認識され、本格的な取り組みが始まったのは1970年代における2度の石油危機を経た1980年代前後のことである。景気対策のための積極的な公共投資の拡大や社会保障関係費の増大により深刻な財政危機に直面した日本は、「小さな政府」を目指して、国・地方ともに「簡素化・合理化のため行政改革」へと舵を取り、1985年に策定された「地方行革大綱」では、各自治体が「行政改革大綱」を自主的に策定すべきことが明記された。続く1990年代には地方分権改革が大きく進展していった。この改革により、特に基礎自治体としての市町村が地方行政において果たすべき規模・能力の拡張が進められた。1999年以降に始まる「平成の大合併」はその結果として現れたものであり、全国で大規模に進められた市町村合併によって、基礎自治体の規模の拡大、財政面での基盤強化が目指された。しかし1990年代に進められた地方分権改革では、国と自治体の役割分担(上下・主従から対等・協力へ)は見直されたものの、国から地方への税財源の移譲が不十分であり、2000年代にはその流れを受けて「三位一体の改革」(具体的には、補助金の廃止・縮減、地方交付税の改革、国から地方への税源移譲)が実施された。
「行政改革」についてはいわば国を挙げてこの40年来取り組んできたのであるが、そのごく大まかな流れを見ても、これまでは国の主導によって進められた部分が大きいと言える。しかし、「行政の活動を(何らかの意味で)改善するために、行政機構の構造や活動手法を(意図的に)変えること」(Pollitt & Bouckaert 2000)と行政改革を定義した上で、これまでも自発的に定員削減や組織・機構の見直し、事務事業の見直し、民間委託化等に取り組んできた県や市町村は存在している。少子高齢社会のさらなる深刻化や人口そのものの大幅な減少(流出)による、財源不足や担い手不足等の将来へ続く不安。これらは近年特に地方において増大するネガティブな側面(課題)である。一方でICT(情報通信技術)の急速な発展に代表される科学技術の革新によりもたらされる、行政運営における様々な可能性の拡大は、自らが危機感を持ち、課題に対して必要かつ最適な行政改革に取り組む自治体への強い動機付けとなっている。
~行政改革に関連する取り組みの実施状況~
今(2021年度現在)行政改革に関連して具体的な取り組みの検討がなされる際に必ず挙げられるのがAI(人工知能)・RPA(Robotic Process Automation:(PC上の業務の)ロボットによる自動化)の活用である。地方自治体による令和2年度のAI・RPAの導入状況を見ると、指定都市を除く市区町村ではAI・RPAの導入状況はともに2割前後にとどまっている(※図1、2参照)が、平成30年度以降、いずれの自治体においても導入済みの団体数は大きく増加している。特にAIの導入状況を機能別にみると(※図3参照)、音声認識(音声のテキスト化、声の識別)や文字認識(手書きや活字の認識)等が先行して進んでいる。これは、AI・RPAともに、導入にかかるコストや人材が課題であり、かつ導入による効果が不明・不安であることが影響しているものと考えられる。音声データの文字データ化による会議録の作成や、手書き文字の文字データ化による資料作成の省力化などは、現状ではその精度に若干の不安はあるものの、人力で行うと多大な労力・時間が費やされること、また結果を使用者側で確認・判断・改良ができ、単一のソフトの購入により各自治体単独でも導入しやすいことから実施が進んでいるものであろう。
一方で、本格的な業務効率化を図るためのシステムの導入に関しては、各自治体単独で取り組むためのマンパワー不足や費用面での課題から、複数の自治体の共同利用での導入をする事例も出てきている。これらの調査結果や取組事例は、定期的に総務省により取りまとめ、公表が行われており、その蓄積によって行政改革に資する取り組みへの動機づけがさらに強まることが期待される。
図1 地方自治体におけるAIの導入状況 |
図2 地方自治体におけるRPAの導入状況 |
図3 地方自治体のAIの機能別導入状況 |
~行政改革に向けて A町における業務棚卸の事例~
先に示した図1、2をみると、その他市区町村ではAI・RPAについて「導入予定もなく、検討もしていない」が令和元年度にかけて大きく減少していることが分かるが、「導入検討中」とする自治体の割合はあまり変化がない。「導入予定・検討なし」から「導入検討中」へと移行している自治体も一定数あることが推察されるが、多くの市区町村で上述の人的または経済的コスト面での理由等によりAI・RPAの導入に二の足を踏んでいる状況がうかがわれる。さらにいうと、AI・RPAの導入を含め、行政改革に意欲的な自治体は着実に増加しているが、どの業務に対してどのような改善の余地があるのか(あるいは改善すべきなのか)を洗い出し、行政改革の足掛かりとなる緻密な業務棚卸(業務の見える化)に踏み切れていない自治体が依然多く存在するのではないか。
弊社で行財政改革推進事業に関する業務支援を行ったA町の事例では、自治体規模がそれほど大きくないこともあり、500を超える全事務事業について業務棚卸を行うこととなった。当該事業は自治体運営の今後を左右する重要なものであることから、初年度となる2021年度にはしっかりとした土台を作るために業務棚卸の作業のみを行うこととし、作業の流れとしては、行政改革に関する学識経験者の指導・助言の下、「(1)全事務事業の体系化」、「(2)業務棚卸シートの作成」、「(3)各担当課による業務棚卸シートへの記入」、「(4)業務棚卸シートの集約」、「(5)各課ヒアリングの実施」の順に行った。
(1)~(5)の各作業工程について、ここに詳しく内容を示すことは避けるが、(4)業務棚卸シートの集約では各事業の「今後の方向性」や「RPA化の可否」、「残業時間」等の数量的に扱える項目について、所管課ごとに集計・分析を行った(※図4、5、6参照)。
(左)図4 所管事業の今後の方向性 (右)図5 RPA化の可否 |
図6 各課の残業時間の比較 |
ここでは、各課の所管する事務事業の全体的な傾向を把握するとともに、続く各課ヒアリングの資料としても活用した。
各課ヒアリングでは、業務棚卸シート結果に基づき事務局で検討・抽出された特徴的な事務事業について、その概要や課題を把握するとともに、次年度以降に予定する事務事業の見直し及び課題の抽出と、それらに対する改善案の提示に向けて、各課が対面により学識経験者の指導・助言を受けた。図4で示すように、各課による業務棚卸シート記入の段階では全体の約8割を占める「現状維持」の事務事業についても、その多くが学識経験者により「改善の余地あり」と指摘されるなど、調査内容を補完するとともに、行政改革に向けた職員の意識改革・動機付けにもつながる有意義なヒアリングとなった。
結果、今後重点的に取り組むことが望まれる行財政改革の視点として、以下の8点が導き出された。
(1)事業の目的に見合った補助金・負担金等の見直し
(2)公共施設の合理化と一層の民間活力の導入促進
(3)事業の統合によるスリム化・効率化や、担当課の見直し
(4)全庁的なマニュアル整備による業務の平準化
(5)外部委託の検討(技術系分野、相談支援などの専門分野、学童保育、図書館事業等)
(6)業務の合理化(職員配置、アウトソーシング、RPA化やペーパーレス化)
(7)公営企業の広域化、PFIの推進
(8)町が事務局を担っている団体・組織の自立化、専門化の促進
A町においては上記の視点に基づいて、今後継続的に行財政改革に取り組まれる予定であるが、一定の強制力をもって全事務事業の業務棚卸(シート記入による調査及びヒアリング)を行った本業務は、社会動向や町独自の事情も踏まえ、ICTや民間活力の活用を含む様々な可能性を活かして行財政改革に取り組んでいくための十分な土台となったのではないか。持続可能な行政運営のため、行政改革においても地方自治体独自の取り組みが期待される中、その礎となる慎重な業務棚卸は地域資源・行政資源を最大限活用するために最重要かつ不可欠なファクターといえる。
参考文献:田中啓『日本の自治体の行政改革』財団法人 自治体国際化協会(CLAIR)、政策研究大学院大学 比較地方自治研究センター(COSLOG)